軽度高気圧濃縮酸素が歯周病菌を退治する

プラークは場所により菌の種類が変わる

歯周病の原因となるプラークは、歯ぐきより上の歯の表面につく「歯肉縁上プラーク」と、歯ぐきより下の歯周ポケット内につく「歯肉縁下プラーク」に分けられ、それぞれに棲みつく細菌の種類も異なります。

歯の見える部分につき、空気(酸素)に触れることの多い歯肉縁上プラークは、通性嫌気性グラム陽性レンサ球菌などを中心に、グラム陽性桿(かん)菌(きん)が共存して構成されます。

ちなみに、細菌には、酸素がなければ増殖できない「好気性」と、酸素がなくても増殖できる「嫌気性」があります。

嫌気性菌はさらに、酸素がある環境でも生息できる「通性嫌気性菌」と、酸素があると生息できない「偏性嫌気性菌」に分かれます。

「グラム陽性」とは、グラム染色という色素で紫色に染まる(陽性)ものと染まらない(陰性)もの、「桿菌」は、細長い棒または円筒状の細菌のことを示し、名前で細菌のおおよその性質や形がわかるようになっています。

歯周病菌は酸素が苦手な「嫌気性菌」

歯周病や虫歯の原因としてすっかり悪者となったプラークですが、乳酸菌の一種であるレンサ菌が中心となった初期のプラークには、外から侵入した細菌が口内で定着すること

を防ぐ働きがあり、健康な口内を保つためにはレンサ球菌中心の口内フローラを維持することが重要ともいわれています。ただし、口腔ケアを怠ったり、取りきれずに残ったプラークを放っておけば、時間の経過とともに細菌の数や種類が増えて病原性が強まり、悪さをします。

こうして増えた歯肉縁上プラークが、歯と歯ぐきの境界(歯頚部)から歯肉溝へと侵入して歯肉縁下プラークとなります。

歯肉縁下プラークは、歯肉溝や歯周病によってできた歯周ポケットの中につくため確認が難しく、十分なケアができません。

すると、歯周病菌の中でも酸素がほとんどない状態を好んで棲みつく菌(偏性嫌気性グラム陰性桿菌)が一気に増えて奥へ奥へと進み、炎症を起こして歯周病の原因となるのです。

歯周病菌の代表P.g菌って?

また、歯肉縁上プラークはそのまま黄白色もしくは灰白色の縁上歯石となりますが、縁下プラークは歯ぐきの炎症に伴う出血の血色素を吸収して、暗褐色となっているのが特徴です。現在、歯周病に関連する細菌は数百種類あるとされていますが、その代表がポルフィロモナス・ジンジバリス菌(P.g菌)です。この菌は病原性も弱く、本来は感染してもからだに害はありません。ところが口腔内が不潔になり、ミュータンス菌(虫歯菌)が歯に付着し始めると、P.g菌はより棲みやすい環境をつくるために、ほかの菌と一緒になっていっそう強固に歯に付着してきます。そして、糖やたんぱく質をエサにして増え続け、一定量に達すると歯に接している歯ぐきに炎症が起こり、歯肉の内面に潰瘍ができて出血をするようになります。

するとその血を栄養としてP.g菌は一気に増えて骨を破壊し、歯周ポケットの奥へと侵攻します。こうしたことからも、歯周病を予防するためには、P.g菌に血液というエサを与えず、酸素のない環境をつくらないようにすることが重要です。

多くの歯周病の歯肉縁下細菌叢を病原性ごとに摸式化し、その中を6つのグループに色分けたしたのが次のピラミッド図です。

ピラミッドの上に近づくほど病原性が高く、頂上の赤色に属する菌種群を「レッドコンプレックス(Red Complex)」と称します。

その下層はオレンジコンプレックス、最下層に、ブルー、パープル、グリーン、イエローコンプレックスが配置されています。

P.g菌をはじめT.d菌、T.f菌の3菌は頂上のレッドコンプレックスに属し、歯周病が進行している人のおよそ60〜70%から発見され、酸素のない環境を好む菌たちで、〝極悪御三家〟ともいわれます。

 

歯周病菌の極悪御三家
ポルフィロモナス・ジンジバリス(P.g菌・Porphyromonas gingivalis) グラム陽性嫌気性短桿菌 強い付着力をもち、ほかの菌とともにバイオフィルムを形成する、歯周病の代表的な原因菌。ジンジパインと呼ばれるたんぱく質分解酵素をはじめ、歯槽骨を溶かしたり、歯周組織の破壊する毒素を生み出します。
トレポネーマ・デンティコーラ(T.d菌・Treponema denticola) グラム陰性嫌気性紡錘状菌 歯周ポケットが深い重症の歯周病に見られる病原菌。歯肉の細胞の隙間から組織内に入り込み、さらには血管の中に侵入して免疫機能を抑制します。また、歯周ポケット内でのほかの病原菌の繁殖を促す働きもあります。
タネレラ・フォーサイセンシス(Tf菌・Tannerella forsythia) グラム陰性嫌気性紡錘状菌 歯周ポケットの深部へいくほど多くなり、歯周病の活動期に増加します。たんぱく質の分解酵素を産生し、P.g菌と共生することで病原性を発揮します。


歯周病改善で注目される軽度高気圧(濃縮)酸素環境

酸素を嫌うP.g菌が原因となる歯周病の治療法のひとつとして最近注目されているのが、大気圧より高い気圧環境の中で酸素を吸入することにより、体内の酸素量を増やす「軽度高気圧濃縮酸素」です。通常の治療に加えて、大気圧より高い気圧と酸素濃度を保った環境で1回1時間ほど過ごすことで、歯周病の改善や歯周組織再生療法における細胞の活性化、ボトックス治療の筋肉の緊張緩和、インプラントの定着率の向上などに効果を上げています。

「軽度高気圧濃縮酸素」とは?

私たちはふだん、1気圧、20・9%の酸素濃度の環境の中で生活をしています。たとえば、登山などで高地に行くと、スナック菓子の袋が膨張してパンパンになっていることを経験することがあると思います。これは圧力が下がることで気体が膨張した結果、生じる現象になり、気体の密度が低下し、酸素濃度が薄くなります。

また、標高数千メートルの山に登ると、頭痛や吐き気、めまいなどの症状が出る高山病を起こすことがありますが、下山して気圧や酸素濃度が元に戻れば、症状は落ち着きます。

このように、気圧と酸素濃度の間には、気圧が下がれば酸素濃度も下がり、気圧が上がれば酸素濃度も上がる、という関係があります。

気圧が低いと高山病になるように、気圧が高すぎても気圧外傷が生じて鼓膜の損傷や頭痛や胸痛、歯痛などを起こします。

からだに取り込んだ過剰な酸素は、「活性酸素」となって細胞を傷つけ、老化をはじめ心血管疾患やがんなどさまざまな疾患の要因となりますし、酸素濃度が高すぎると酸素中毒を起こすこともあります。

そのため、軽度高気圧酸素を安全に用いるためには、からだに害を及ぼさない気圧と酸素濃度であることが重要です。

これまでの研究の結果、安全で効果的な気圧は1・25〜1.3気圧、酸素濃度35〜40%という数値が導き出され、これを医療用の「高気圧酸素」と区別するため「軽度高気圧(濃縮)酸素」としています(京都大学石原昭彦教授の研究)。

軽度高気圧酸素の環境をつくるには、密閉した装置に流し込む空気と出る空気の量を調節して空気を流し込み、内部を1・25〜1.3気圧に維持します。酸素濃度は1気圧で20・9%なので1.3気圧ですと27・2%となりますが、十分な効果を得るには35〜40%の酸素濃度が必要です。そのため、「酸素濃縮器」という装置で高濃度の酸素を送り込み、1・25気圧で37・5%、1.3気圧で39%となるように調整します。酸素濃度は、気圧が上がっている間は気圧とともに上がりますが、気圧が一定になると時間とともにゆっくり上昇します。一方、必要以上に気圧を上げたり、高濃度の酸素を使うと副作用を生じる可能性があるため、注意が必要です。

恐竜がいた時代の「高圧生物圏」を再現


実は、軽度高気圧酸素の環境は、巨大な恐竜が歩き回っていた時代、約1億年前の中生代ジュラ紀・白亜紀に似ているといわれます。

ジュラ紀以前の三畳紀には、空気中の酸素が約10%といわれる低濃度酸素の時代が続き、地球上の全生物の半分以上が絶滅したと考えられています。

その中で生き残った恐竜が、空気中の酸素が増えるにしたがって巨大化していき、地上を闊歩していたのです。

やがて恐竜が滅び、そののち人類が現れた頃も、今よりも酸素濃度が高く、たとえばイタリアの鉱山で発見された人骨は、身長が3.5メートルもあり、寿命も200歳近かったのではないかともいわれています。

たくさんの酸素を取り込んでいた恐竜たちが巨体を誇り、かつての人類が長身だったのとは反対に、エベレストの麓に住むシェルパたちが小柄で太った人が少ないことなどからも、からだの大きさには大気中の酸素量が関係していると考えられています。

こうしたことを踏まえ、20世紀末にアメリカのカール・ボウ博士は、恐竜がいた時代の酸素濃度・気圧・磁気レベルなどを再現した「高圧生物圏」と呼ばれる空間をつくり、生物を育てて観察したところ、ショウジョウバエの寿命は3倍に伸び、5センチのピラニアは2年半で40センチに成長しました。

さらに、大量の酸素を取り込んだ結果、攻撃性を失ったアメリカマムシの毒液の毒性が消えるなど、さまざまな変化がみられたのです。

この実験を受けて、NASAの中年男性3人の研究者に高圧生物圏内で1〜3ヶ月過ごしてもらったところ、実験を終えて出てきたときには白髪がなくなってシミやシワが消え、検査の結果、免疫力も上がっていたのです。ところが、このような効果があったにもかかわらず、残念なことに研究が続くことはありませんでした。

その理由は、閉鎖された高圧生物圏内における長期の滞在が、被験者に与えるストレスが大きかったことが理由と考えられています。

しかし、超高齢社会を迎え、健康や体力の維持・増進のためにさまざまな方法が模索されるなかで、高圧生物圏の環境は注目に値するものです。とはいえ、365日24時間を閉ざされた空間で過ごすことは難しいため、限られた時間で体内の酸素を効果的に増やす装置が考案されました。

それが、現在活用されている酸素ルームや酸素カプセルです。

装置内をいきなり高気圧・高濃度酸素にすることはできず、からだもすぐに適応するわけではないため、軽度高気圧濃縮酸素環境の装置内に、約1時間滞在することで、高圧生物圏環境の〝いいとこどり〟をしてからだの不調の改善に役立てようというものです。

医療用「高気圧酸素」との違い

「高気圧酸素」というと、病院でおこなう「高気圧酸素治療」のことを思い浮かべる方も多いかもしれません。気圧を高めて高濃度の酸素を取り込む仕組みは軽度高気圧濃縮酸素と同じですが、厚生労働省や日本高気圧環境・潜水医学会の定めた基準では、2絶対気圧(大気圧の2倍、水深約10mの圧力)で1時間以上100%酸素を吸入することを「高気圧酸素治療」としています。

通常の気圧時に比べて溶解酸素が約30倍となる医療用の高気圧酸素治療装置は、薬事法で規定された医療機器です。一酸化炭素中毒やガス壊疽(えそ)など、救急的に酸素を必要とする疾患や骨壊死・顔面神経麻痺などに対して保険適用されているほか、脳梗塞・脳性麻痺・心筋梗塞・腸閉塞・皮膚がんなど、比較的重篤な病気に対しての治療効果が認められています。しかし、医療用の高気圧濃縮酸素治療装置は気圧も酸素濃度も高く、人によっては前述のような副作用が出る場合もあるため、治療中は臨床工学技士が立ち会うなどの安全確保が必要です。

一方の軽度高気圧濃縮酸素の酸素カプセルや酸素ルームは、歯科の治癒効果を高めるだけでなく、アスリートのコンディション調整やケガの早期回復、あるいはオフィスや自宅に設置して健康の維持・増進に役立てたりと、さまざまな使い方がされています。

安全な〝健康器具〟として市販されているので、使用回数や使用時間に制限もなく(ただし、体内の酸素量は1時間ほどで飽和状態となるため、それ以上滞在しても害はありませんが効果的にはあまり意味がありません)、老若男女だれでも使うことができます。

現在さまざまな大学で軽度高気圧酸素の研究が進められており、新たな研究成果が次々と発表されています。

イタリアで酸素ルームの効果が報告される

イタリアのヴェローナ大学の研究で、軽度高気圧濃縮酸素治療によって、嫌気性菌である歯周病菌の活性度が低下、あるいは死滅したという報告がありました。

もちろん、歯周病菌は一度死滅しても再び増えますが、病原体の値が低い状態が、軽度高気圧濃縮酸素治療後、2ヶ月間続いたそうです。

近年、日本でも歯科の治療やインプラントの治療促進に軽度高気圧濃縮酸素を取り入れている、歯科医の方も徐々に増えてきました。

人間のからだを縦割りではなく、全体的に俯瞰で見ようとしているからでしょう。こうした姿勢こそが、人間のからだを診るすべての人に求められるものだろうと実感しました。

軽度高気圧濃縮酸素がからだによい理由

体内の酸素には、血液中の赤血球内にあるヘモグロビンと結びついた「結合酸素」と、血液や体液に直接溶け込んでいる「溶存酸素」があります。

たとえば、血液中(動脈血中)にある酸素は、95%が「結合酸素」として存在しながらからだを巡っています。しかし、結合酸素はヘモグロビンの量を超えて運ばれることはなく、全身の血管の99%を占める毛細血管を介して、細胞に酸素を送り届けます。

一方では、老化や働きが低下した組織では毛細血管が細くなり、酸素と結合した赤血球が毛細血管を通りにくくなります。

血液に溶解した酸素はヘモグロビンの量には依存せず、細くなった毛細血管も通りやすい、という特徴があります。

つまり、酸素をからだのすみずみまで運ぶには溶存酸素を多くすることが必要ですが、通常の呼吸や酸素吸入をしただけでは増やすことはできません。

液体に溶ける気体の量は圧力に比例(ヘンリーの法則)していて、血液中に酸素を含む量を増やすには大気圧を上昇させることが必要です。気圧が1.3倍なら溶けている酸素の量の1.3倍になります。

このために気圧を上げる軽度高気圧濃縮酸素ルームに滞在する必要性が出てきます。

歯周病と軽度高気圧濃縮酸素環境

 軽度高圧酸素環境は、歯周病治療にもさまざまな効果をもたらすことがわかってきました。予防の要となるプラークコントロールでは、ブラッシングでプラークを掻き出し、口腔内を歯肉マッサージで刺激しますが、酸素カプセルや酸素ルームに入ることで血液中の溶存酸素を増やし、血流をよくします。

口内細菌の中でも歯周病の原因となるP.g菌(ポルフィロモナス・ジンジバリス)ら〝極悪御三家〟にとって、軽度高気圧酸素はまさに天敵ともいえる環境です。

前出のボローニャ大学の例では、ルートプランニングと軽度高圧酸素を併用することで、歯周病菌(グラム陰性嫌気性菌)を実質的に99・9%まで減らすことに成功しました。

また、歯周病を悪化させる要因ともなる「噛み合わせ」や「食いしばり」(5章参照)にも、有効的であるとされています。

この項の後半の検証実験ではp.ℊ菌と高気圧酸素環境の関係が実証されていますので、参照ください(神戸大学藤野英已教授・近藤浩代研究員の検証実験による)。

軽度高気圧濃縮酸素のさまざまなからだの変化

血液がサラサラになる

 酸素ルームに入る前と、滞在後では、血液の様子に変化が現れますす。入る前は、いびつな赤血球が集まって大きな塊となり、血液がドロドロして細い血管の末端まではいきわたりにくくなっています。赤血球の中央が白く、ドーナツ状になっているのは、酸素が不足している状態で、貧血の人や、健康な人でも高山に登ったりして酸素が不足するとみられます。

酸素ルーム滞在後は、赤血球中のヘモグロビンが酸素と結びついてきれいな丸となり、一つひとつが独立して血液がサラサラになっていることがわかります。これによって酸素や栄養が末梢血管の末端までいきわたるだけでなく、血液がドロドロで流れが滞っていては流れない血液中の不要物を流してくれます。また、血流がよくなることで血液中の水分が血管外に侵出してたまることがないため、むくみもなくなります。

副交感神経がはたらき、末梢での血流が増える

酸素ルームに入ると、時間の経過とともに徐々に手足などの末梢部の血流量が増大します。血流の調節は自律神経(後述)がおこなっていて、緊張しているときは交感神経がはたらき、リラックスしているときは副交感神経がはたらいています。軽度高気圧酸素への滞在は交感神経のはたらきは抑制して、副交感神経のはたらきを高めることが、これまでの研究でわかりました。試合や試験を受けるようなときは緊張しますが、深呼吸することで緊張を和らげる経験をしたことがあると思います。深呼吸=酸素を沢山吸うことで、交感神経のはたらきが和らぎ、交感神経が優位になってきます。自律神経の血管に対するはたらきは、交感神経がはたらくと血管を収縮させて、副交感神経がはたらくと血管が拡張します。

血管の拡張は毛細血管への血流を増大させるので、末梢や組織の血流が増加すると考えられています。

自律神経が安定する

前述したように自律神経には、活動的な状態になると活発にはたらく交感神経と、リラックスしているときや睡眠時に活発になる副交感神経があり、この2つがバランスとをとりながら私たちの生命活動を支えています。しかし、ストレスや更年期障害、うつ、不規則な生活などが原因でバランスを崩すと自律神経失調症を起こし、からだにさまざまな影響を及ぼします。軽度高気圧濃縮酸素に入ることで自律神経のバランスが改善し、ストレスなどによる緊張から交感神経が過剰にはたらいていた人が、軽度高気圧濃縮酸素環境下で体内に酸素を満たし、血流をよくすることで副交感神経のはたらきが活発になり、自律神経のバランスが正されたのです。このほかにも、睡眠時無呼吸症候群や不妊症、乾燥肌などの改善が認められたほか、がんの転移・増殖を抑制したり、認知症や自閉症スペクトラムなどへの効果などさまざまな研究が進んでおり、今後の成果が期待されています。

歯周病菌の検証実験

およそ800種類ある歯周病菌の中で、最も歯周病に関連の深い「レッドコンプレックス」のP.g菌、T.d菌、T.f菌は「グラム陰性嫌気性菌」ですから、酸素のない環境を好み、酸素のある環境ではあまり生きることができない菌です(〇〇ページ参照)。そこで、軽度高気圧酸素によって細菌の増殖を抑制したり、歯周病菌が全身に及ぼすさまざまな問題点を、減らすことができるのではないかと考えました。まず、人の体液を想定した生理食塩水を使って、溶け込む酸素(溶存酸素)の量を増減させることができるかを調べました。

日本気圧バルク工業のO2ルームの中に、溶存酸素を測る機械と、人の体液を想定して生理食塩水を入れ、気圧を1気圧から1.4気圧まで変化させました。

気圧の上昇に伴い、酸素濃度、溶存酸素量は増加しました。

一方で、私たちが今いる1気圧のような環境ですと、酸素濃度も一定で、溶存酸素も変化しません。すなわち、高気圧環境下において、酸素濃度の増加に伴い、生理食塩水の溶存酸素量も変動するということがわかりました。

そこで次に、「レッドコンプレックス」のP.g菌を生理食塩水に溶かしてO2ルームの中に入れ、軽度高気圧酸素環境が歯周病原菌の増殖抑制効果を示すかどうか実験しました。

細菌の固まり(コロニー)は、細菌数が非常に多いと、線状にくっついて見え、細菌数が少ないとコロニーが白い点に見えます。

0時間、3時間、6時間、24時間と経時的に変えて、培養された細菌コロニーの変化を見てみました。すると6時間になると目に見えて減り、さらに24時間酸素ルームに置くと全く検出されませんでした。

次に、平常時の1気圧、20.9パーセント酸素の環境と、1.4気圧の40から45パーセント酸素の環境(軽度高気圧酸素環境)にPg菌を6時間置き、その後、平らな寒天培地を使って8日間培養して菌数を数えました。NBOが通常の1気圧という気圧酸素環境下で6時間暴露させたP.g菌のコロニーの写真、MHOがO2ルーム内で1.4気圧の軽度高気圧酸素環境に6時間暴露させたP.g菌のコロニーの写真です。通常気圧酸素環境下と比較し、軽度高気圧酸素環境下への暴露により、P.g菌は生菌数が減少していることがわかりました。これら2つの実験から「O2ルームに歯周病原菌を暴露させることで、その菌の増殖抑制効果を有する可能性がある」ことがわかりました。

今回までの結果から歯周病が原因となる全身疾患の予防効果についてさらなる研究が期待されます。

歯肉の毛細血管、免疫機能を向上する

 組織は細胞から構成されており、細胞に酸素や栄養を届けるのが毛細血管の役割です。毛細血管は全身に張り巡らされており、毛細血管をつなぎ合わせた長さは地球2周半分の10万キロメートルにも及ぶといわれています。

歯肉にも上図のように、全体的に毛細血管が張り巡らされています。毛細血管の太さは10マイクロメートル(1マイクロメートルは1000分の1ミリメートル)以下で、髪の毛の10分の1程度の太さが健康的な毛細血管です。毛細血管網は組織によって特徴があり、歯肉の毛細血管は細動脈(20〜40マクロメートルの太さ)から枝分かれをしてアーチ状を形成しています。一方、炎症がある歯肉の毛細血管は拡張しているのが観察されます。

拡張した毛細血管は血管の細胞間に隙間が生じて、血管壁の透過性が亢進して、浸出液や血液が漏れやすい状態になっています。腫れて炎症のある歯肉が容易に出血するのは、毛細血管が弱くなっていることの証である考えられます。

また、歯周病原細菌による感染は炎症の遷延化とともに、歯周組織の破壊など、歯周病特有の症状を呈しますが、これに関与するのはマクロファージなどの免疫です。病原菌を感知すると好中球やマクロファージが病原菌の侵入を予防するためにサイトカインを産生して、病原菌を殺します。一方、サイトカインが過剰に産生されると歯周組織中の骨を溶かす細胞の活動を高めて、歯周炎の主たる症状である歯槽骨吸収が誘導されるようになると考えられています。これらは歯周病菌の増殖に伴う生体の反応であることから歯周病菌の増殖を抑制する環境が重要であり、軽度高気圧濃縮酸素はその環境のひとつであるといえます。